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【note】意思表明をインターネット上ですることは悪なのか

はじめに

つい先程ですね、インターネット上で私が書いた記事について誹謗中傷ともいえる内容を見ました。

結論、こういった意見をどう捉えるかによって未来が変わってくることと、いずれにせよ傷つくといった2点についてメモ書きしておきます。

誹謗中傷する人の心

そんなもの理解する気もありません。
アウトラインを話すと、とあるプロダクトを作りたい!といった意思表明と捉えられた記事に対して、「そんなことはどうでもいい、結果が見たい」といった人からすればそんなことでなんで悩んでるんだ、と言われるレベルのものかもしれませんが、私にとっては意思表明と同時に情報収集がしたかっただけのこと、といった内容がここまで傷つくとは思わなかったのです。

どうでもいいことにコメントするどうでもいい人の心理など理解する気もありませんが、そういった心ない発言で傷ついている人が世の中にたくさんいるこの現実を思い知らされたなうです。

いいね!の数も心をエグる

いいね!とか星の数って実は更に傷を深くしていく、むしろ加速する機能でもあるといったことに気付かされました。

いいねの数がどうしてそこまで傷を深ぼるのかイマイチピンときていない自分がいたことも恥ずかしいのですが、実際経験してなんとなく理解できました。

その批判に賛同する人の数の多さに私はめげました。
敵の数が増えたともいうのでしょうか、なかなか心が荒みます。

何をすれば良いのか

ここで分岐点に立ちます。

今後情報発信をやめる、といった選択肢。
もう1つは、挑む情報発信だと考えています。

私は挑む情報発信を続けていきます。
正確に言うと、人になんと言われようと自身の意思表明だろうと情報収集だろうと、やらせていただきます。

これを作りたい!これがほしい!総発言したところにそのモノは集まってきます。
そう信じているからこそ、何より自分を信じているからこそ、続けるどころか加速していきたいと考えています。

バカを相手なら自分は賢者を

相手がバカと思うなら自分は賢者になればいいと思います。

バカめ!って思うならどれだけ相手をさらに滑稽に見せて、バカと周りに言わさせるかをスマートに考えてやればいいだけです。

バカにバカ!というよりも、バカをどう自分から引き離すかを考えていきたいと思います。

今回は自分の意図を勘違いして汲み取られることもあれば、意思表明などどうでもいい、といったレスもある。
しかし、自分がこうしたい!といったことが阻害される1つの要素だと捉えて、自分に正直に生きればいい!といったことをメモとして残しておきます。

私も未熟でバカかもしれませんが、人の痛みを知らないバカではないし、もしそういった指摘を受けたら真摯に原因を解明できる人間で有り続けたいです。

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inke

◼︎KustomApe代表 ◼︎エンジニア ◼︎トレーダー ◼︎Python/AI/機械学習/データ解析/言語化 ◼︎黙々とセルフラーニング

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