日本から出れば普通になれる、それじゃあつまんねえよな?

はじめに

先日このような記事を目にしました。

すごくタッチーな、いわゆる私にとっては響く内容でした。
詳しくは見てもらうのが一番早いですが、どこが?といった点を軽く抽出すると、日本の教育への適応できなかった点、内容は同じでも教え方が違う教育、答えがないお題への考えと提案力、頭がいいけど英語は喋れませんな人は使い物にならないといったこれらの部分は非常に共感できるものであり、加えて、アメリカに行けば私にぴったりな方法ですぐに適応できるでしょう、といったことです。

ただ、この記事が私に与えた一番の大きなインパクトは今の自分の道を更に歩んでみたくなったという点です。

どういったことなのかをエモく書いていきたいと思います。

普通になりたかったけど、それは過去の話

昔から、なぜ自分だけ扱いが違うのか?自分だけのけ者にされるのか?異端児のような腫れ物扱いされるのか?

ずっと疑問で、ずっと悩んでいました。そして、同時に彼らにはないものを自分は持っていて、私は自分のないスキルや考えに対してリスペクト心を持っていたのですが、相手からするとただの目障りな点や、自分の立場が危うくなるいわゆる妬みの対象だったことを後々知ることが多分にありました。

そして、私はずっと海外に帰りたいといった表現をしていました。

海外に帰って「普通に」生きたい、といった願望を強く持っていました。

日本を変えるためには日本国内にいるのが一番いい

リモートが活性化する世の中ですが、いわゆる対面での強み、温度感は何者にも変えられません。

私は日本をもっと良くしたい、日本の産業としてハードウェアをどうソフトウェアと融合し、エキサイティングな世の中にしていくかを自身の最適解で挑戦したいのです。

そうなると、アメリカに行けば僕はすんなり”普通”になれるけど、日本を変えるためにも日本でおかしいやつが変えていかないといけないやつだよな。といったことに気づきます。

そう、僕は日本でこの居心地の悪い世界で革命を起こしてやるといった目論見で水面下で生きてきていますが、それで良かったんだよ、と改めて感じています。

常に自分を信じて

常に自分を信じてあげてください。

なんであろうと、自分を労ってあげられるのは自分だけです。

負けじと本日も頑張っていきたいと思います。